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鉄道駅博物館
パイン・クリークの鉄道駅博物館には、この地区の歴史を詳しく伝える展示があります。 1889年に完成したこの建物は、駅舎、貯水槽、住居、計量台、貨物倉庫などのある複合施設でした。鉄道とこの駅を中心として、パイン・クリークはこの地域の歴史の中で重要な役割を果たしてきました。
スプリングヴェール入植地
1879年に開かれたスプリングベール入植地はノーザン・テリトリーで最初の牧場の1つで、アデレードからダーウィンまでの電信網の完成の後すぐに開かれました。現在は毎日一般に公開されています。
キャサリン・スクール・オブ・ジ・エア
キャサリン・スクール・オブ・ジ・エアは遠隔地に暮らす子供達への無線放送による授業を1966年に開始しました。現在も無線、インターネット、衛星放送などを使っておよそ80万平方㎞の広大な地域の子供達に授業を届けています。訪問者は、実際の授業の様子を見たり、展示や映像で学校の歴史について知ることができます。
パイン・クリーク・ナショナル・トラスト博物館
この博物館の建物は、元は1888年にBurrundie Mineに建設されたもので、その後1913年にパイン・クリークに移転されました。これまでに医師の住居、診療所、薬局、陸軍病院、郵便局、および電話交換所などとして使用されてきました。
ナット・ブキャナン
ナット・ブキャナンはトップ・エンドと呼ばれるノーザン・テリトリーとキンバリーの北部地域での牧場開拓の先駆者です。 彼は、ビクトリア・リバー地区のウェーブ・ヒルに牧場を開くため、クイーンズランドから2万頭の牛の群れを引き連れて、タナミ砂漠などアウトバックの重要な地域を探検しました。
キャサリン地域に最初に住み始めたのは、ジョウアンとダゴメンという2つのグループのアボリジニの人々でした。
探検家ジョン・マクドォウル・スチュアートは1862年にこの地を訪れ、この地を流れる川に彼の旅のスポンサーであるジェームズ・チャンバーの娘の名前を取ってキャサリンと名付けました。ただし、実際の彼女の名前は「C」から始まっていました。
ノーザン・テリトリーの他の入植地と同じように、キャサリンも大陸縦断電信網の到達と、1872年の電信中継所の設立に伴って発展しました。 町は初期に2度の移転を経験しており、最終的には1926年に鉄道橋の完成と共に現在の位置になりました。
スチュアートなど多くの探検家がこの地について紹介した後の1879年、アルフレッド・ジャイルスとアルフレッド・ウッズが資金を投じ、大規模な牧場の建設を目指してスプリングヴェールと呼ばれる入植地を開きました。このノーザン・テリトリーで最も古い入植地であるスプリングヴェールは、現在一般に公開されています。
キャサリンの開拓初期の名残は、地域の様々な場所に残っています。かつての飛行場の跡に作られたキャサリン博物館には、最初の「フライング・ドクター(飛行機で駆け付ける医師)」であるクライヴ・フェントンが操縦した航空機デ・ハヴィランド・ジプシー・モスが展示されています。
オキーフ・ハウスは、元は第二次大戦時にレクリエーション小屋としてブッシュにある材料を使って建てられたもので、その後ジョン&オリーブ・オキーフ夫妻の持ち物になりました。オリーブは1930年代にはクライヴ・フェントンと共に空を飛んでいました。
キャサリンの90㎞北にあるパイン・クリークは、1995年まで金鉱の町として栄え、金鉱採掘と鉄道の歴史に触れられる場所として知られています。パイン・クリーク・ナショナル・トラスト博物館や鉄道駅博物館など、小さい町のあちこちにその歴史を見ることができます。 鉄道駅博物館には、1877年製の蒸気機関車も展示されています。これは、今でも動かせるものとしてはオーストラリアで最も古い機関車だと言われています。

